想像力と25セント

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The Paperback Bookshop / Diego DeNicola

想像力と25セント
introducing 「七年目の浮気」「虹を掴む男」
ベストセラーの分類法で言えば、単行本で発売された小説はすべて文芸というジャンルに入る。芥川賞を受賞した純文学だろうと、直木賞を受賞した大衆文学だろうと、本屋大賞を受賞した書店員が売りたい本だろうと。そしてそれはたいてい数年後に文庫本で再発される。
翻訳小説の場合もハードカバーで発売された後にペイパーバックになるのだが、いきなり文庫本で発売される現代小説もある。
僕は、スピンと呼ばれる紐状の栞が糊付けされた「新潮文庫」に随分お世話になった。その中には、繰り返し読んだためにボロボロになったアメリカ文学がある。J・D・サリンジャーの「ナイン・ストーリーズ」やソール・ベローの「この日をつかめ」やリチャード・ブローティガンの「愛のゆくえ」である。
単行本で読み直したいと思うのだけれど、野崎孝訳も大浦暁生訳も青木日出夫訳も「新潮文庫」でしか読めない。
かつて新潮社は、糸井重里が書いた「想像力と数百円」というコピーで、「新潮文庫の100冊」と銘打った宣伝キャンペーンを行った。
表題の「想像力と25セント」は、いかにも安っぽい翻案だけれど、日本と違ってアメリカでは、ペーパーバック専門の出版社が多いからだ。
ハイホー、マンハッタン坂本です。


夏の暑い盛りに妻子を避暑地に送り出したマンハッタン族のリチャード・シャーマン(トム・イーウェル)は、ドラッグストアで買えるポケット本が専門の出版社に勤める中年男である。古典文学を刺激的なタイトルと派手なカバーに変え、25セントで売りまくる想像力豊かな男でもある。と言うか、過剰に妄想するきらいがある。
静かなアパートに帰宅すると、見知らぬブロンド美女(マリリン・モンロー)が現れ、2階の住人に旅行の間だけ部屋を借りたと言う。いちいちしながついて回る彼女に心を乱されたリチャードは、会社の秘書から、夜勤の看護婦から、結婚式の介添え人から、一方的に誘惑される自分を思い浮かべる。幻想の女房の手前、ぴしゃりと拒絶することは忘れない。
「暑いときは、下着を冷蔵庫で冷やしておくの」
2階のベランダからトマトの鉢植えを落とされたのをきっかけに、一杯やらないかと誘うと、ブロンド美女がそんなことを言う。
我然妄想をたくましくしたリチャードは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏しながらセクシーなドレスに身を包んだ彼女を迎え入れ、ひしと抱きしめキスをする。
だが現実の彼女は、写真のモデルや歯磨きのCMに出たことのあるしたたか者だ。エアコンは感激するが、彼がつくったマティーニは気に入らず、22歳の誕生日用に買ったシャンパンを持ち込む。ここぞとかけたラフマニノフは気に入らず、子供ぽいチョップスティックスの連弾で盛り上がる。酔った勢いで迫ると、二人してピアノの椅子から転げ落ちる。
我に返ったリチャードは翌日、著書の件で会社を訪ねた精神分析医に相談する。するとピアノの椅子は不安定でいかんと言われ、昨夜のヘマをニューヨーク中に言いふらされのではないかと不安にかられる。
だが気を取り直し、一緒に見に行った「大アマゾンの半魚人」を彼女が気に入ってくれる。映画の帰り、地下鉄の排気口から吹き上げる風を白いスカートにはらませる。涼しげだ。お互い気をよくしてキスし合う。
アパートに帰ってからも、エアコンに両脚を乗せてスカートをなびかせる彼女が、暑くて眠れない2階に戻るのは嫌だと言い出す。だが管理人に見つけられ、仕方なくリチャードは彼女を追い出す。
ところが天井の羽目板が外れ、行き止まりだった階段を彼女が下りて来る。夏中、出入りができそうなんて嬉しそうに言う。
観念したリチャードは翌朝、泊まった彼女と別れのキスをして避暑地へ飛んで行く。女房に拳銃で7発も撃たれたからだ。
   (注釈1)

「ポケタ・ポケタ・ポケタ・ポケタ」
その音が頭の中に響き渡ると、ウォルター・ミティ(ダニー・ケイ)は男の中の男となる。帆船のポンプのときは、南シナ海の嵐に立ち向かう船長。スピットファイアのエンジンのときは、ドイツ戦闘機が恐れおののく撃墜王。馬のひづめのときは、トゥームストーンに現れた西部一の荒くれ者となる。そして決まってブロンド美女に熱く寄り添われる。
巨大な麻酔機が鳴り響いて天才外科医となった彼は、居並ぶ名医が驚嘆する困難な手術を成し遂げ、看護婦の姿をした美女に感動される。
だがその白昼夢は、彼を呼ぶピアース社長によって中断される。
ウォルターは出版社の校正係として働いている。推理もの、冒険もの、英雄ものなど、どぎつい絵が表紙のパルプ・マガジンを発行する会社の編集会議で、病院ロマンスこそ新しい鉱脈だ、と社長に自分のアイデアを言われたところで上の空になったのだ。
そんな彼がいつも頭の上がらない母親からあれこれ買物の指示を受けて乗り込んだマンハッタン行きの列車の中で、白昼夢に出てくる美女にいきなりキスをされる。
再び出会ったロザリンド(ヴァージニア・メイヨ)から助けて欲しいと言われ、白昼夢の英雄気取りとなったウォルターは、そのまま彼女について行き、やがて殺人事件に巻き込まれる。どうやらオランダ王立博物館の館長だった彼女の伯父の黒い手帳が原因らしい。行方不明となったその手帳には、ナチスから隠した美術品の隠し場所が記されているのだ。
母親の買物でメイシー百貨店に入ったとき、あろうことかウォルターは、スーツのポケットからその手帳を取り出し慌てふためく。怪しい男の姿におびえ、婦人下着売場に逃げ込む。発送予定のコルセットに隠したあと、ロザリンドと協力してその手帳を回収する。
伯父の家へ行き手帳を渡そうとすると、持っているはずの彼女が車の中に忘れたと言う。伯父に勧められたワインを飲むと、気を失う。
気づくと、手帳をめぐって起こった出来事はすべて白昼夢だったと、まわりの者から言われる。伯父の推薦したホリングスヘッド博士(ボリス・カーロフ)に精神錯乱だと診断され、ロザリンドの存在を否定される。
だが手帳を狙う一味の策略だと気づいたウォルターは、自分の結婚式から飛び出し彼女の伯父の家へと向かう。両手を縛られたロザリンドから、偽者の伯父こそ手帳を狙う一味のボスだと知らされる。
勇敢に立ち向かったウォルターは、すったもんだの末に一味を警察に引き渡す。そして夢のブロンド美女と結ばれ、編集長の椅子に座る。
   (注釈2)

「虹を掴む男」の原作は、アメリカのユーモア作家として有名なジェームズ・サーバーの短編小説である。彼は、数多くの短編とイラストを、初期の編集スタッフとして参加した雑誌「ニューヨーカー」に寄稿した。
僕が原作者を知ったのは、早川書房の編集者だった翻訳家で作家の常盤新平が解説した「ニューヨーカー短編集」を読んだときで、読む気になったのは、敬愛するJ・D・サリンジャーの「ナイン・ストーリーズ」の大半が「ニューヨーカー」に発表された短編小説だったからだ。
ちなみに、「ニューヨーカー」に短編が掲載されたことのある日本人作家は、僕の知る限り、村上春樹と小川洋子だけである。
実を言うと、今回のネタもとは、常盤新平の直木賞受賞作「遠いアメリカ」からで、表題となった短編小説にこんな一節がある――「二つの喜劇映画の主人公がどちらもペイパーバック出版社に勤めているのは、偶然の一致にしてはできすぎている」
その主人公たちが女房や母親に支配されながら、妄想の中で男の中の男になる。
「文庫本を、買って読む人には想像力を、売って稼ぐ人には妄想力を」なんてコピーを思いついたけれど、出版不況の起爆剤になりそうにない。
やはり現実問題として、1週間で100万部を売り上げた村上春樹の新作や小川洋子に端を発した本屋大賞の受賞作が牽引してくれるしかないようだ。
   (注釈3)
末筆ながら、これまた「ニューヨーカー」の常連だったアーウィン・ショーの都会的で洒落た短編小説を翻訳してくれた常盤新平さんが、今年(2013年)1月22日に亡くなられた。ご冥福をお祈りします。
注釈1、「七年目の浮気」(監督:ビリー・ワイルダー)
     アメリカ映画 1955年製作 原題:The Seven Year Itch
     ゴールデングローブ賞(ミュージカル・コメディ部門)主演男優賞 受賞

     メーカー:20世紀フォックス・ホーム・エンターテインメント・ジャパン
     メディア:Blu-ray
「チョップスティックス」(ピアノの連弾)

注釈2、「虹を掴む男」(監督:ノーマン・Z・マクロード)
      アメリカ映画 1947年製作 原題:The Secret Life of Walter Mitty
      原作:ジェームズ・サーバー

      メーカー:ジュネス企画
      メディア:DVD
注釈3、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(著者:村上春樹) 文藝春秋
     「海賊とよばれた男(上・下)」(著者:百田尚樹) 講談社
  

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