失われた故郷を求めて。


失われた故郷を求めて。
introducing 「喜びも悲しみも幾歳月」「旅立ちの時」
「ふるさと」ソングを聴くと、たいてい田舎である。
大正3年(1914年)に発表された唱歌は、両親がいて幼なじみがいて自然にあふれたところである。作詞した人が長野のど田舎出身だったからだ。
昭和48年(1973年)に名古屋市出身の山口洋子が作詞しヒットした演歌も田舎である。歌った五木ひろしの「ふるさと」である福井県美浜町には、歌碑が立てられているという。
僕は今、故郷である生家で暮している。両親がおり、幼なじみがおり、祭があり、水道水はすべて地下水だし、鳥が鳴き、山があり、川がある。僕の父親は子供のころ、そこでふなを釣ったらしい。今でも釣れるかもしれない。
2012年・4月1日、熊本市は20番目の政令指定都市となり、僕の住んでいるところが中央区になった。田舎ではない。
かつて僕が通った小学校の校区は17の町内に分かれ、町内対抗親子ソフトボール大会が行われた。
小学校が90周年を迎えた翌年の昭和40年(1965年)に父親が作成した第7町内の子供会の名簿には、1年生から6年生まで103名が記されている。
今僕が暮す旧7町内は、田舎と共通するところがある。年寄りが多く、小学生が少ない。幼なじみの親だけが生き残り、幼なじみの大半が県外に出ていったからだ。
しかもわずかに残った幼なじみとは、40年以上も会ったことがない。僕の父親がいわゆる転勤族だったからだ。
ハイホー、マンハッタン坂本です。


何か嬉しいことがあると有沢四郎(佐田啓二)は、すぐに外へ飛び出していく。
昭和7年(1932年)、勤務先である東京湾の観音崎灯台に戻って、嫁さんを連れて来たことを知らせたあと、待たせた妻のきよ子(高峰秀子)のもとへ走って行く。生まれ故郷の信州で父親の葬式を済ませ、すぐに見合いをし、すぐに結婚式を上げ、その晩の終列車に飛び乗る早業だったからだ。
昭和8年、転勤先の石狩灯台では、長女が生まれたのが嬉しくて深い雪の中へ飛び出していく。長男の誕生を知らせる電報を故郷から受け取ったときもだ。
だが嬉しいことばかりではない。
昭和12年、五島列島沖の女島灯台で初めて夫婦喧嘩をし、一時別居までする。ぬか臭いめしを食わされ、日本の果てみたいなところで子供たちが可哀想だと妻から愚痴を言われたからだ。
日本が米英に宣戦布告をした昭和16年、佐渡島の弾崎灯台で部下が殴られる。兵役逃れで灯台守になったのかと言われ喧嘩をしたからだ。
昭和20年、駿河湾の御前崎灯台に赴任してからは、多くの灯台が戦闘機に爆撃され殉職者が続出する。
「お父ちゃんやあたしが死ぬのはいいけど、子供だけはいやですからね」
妻の願いが叶い戦争が終る。
昭和25年、志摩半島の安乗崎灯台で灯台記念日の挨拶をし、子供たちからプレゼントをもらう。
昭和29年、瀬戸内海の男木島灯台で初めて灯台長になる。だが息子が不良に刺され、父のあとを継ぐと言い残してこの世を去る。
昭和30年、夫婦の出発点である観音崎灯台へ転勤が決まる。それを知らせる手紙を妻のもとに置き、久々に四郎は外へ飛び出していく。
二人で灯台のスイッチを入れる。双眼鏡で遠くを見ると大きな旅客船が通る。船には娘の雪野とカイロに赴任する娘の夫が乗っている。霧笛を鳴らす。汽笛が応える。何度も何度も鳴らしながら、二人は船に向って手を振る。
    (注釈1)
主題歌「喜びも悲しみも幾歳月」(歌:若山彰)

1971年、アーサー(ジャド・ハーシュ)とアニー(クリスティン・ラーティ)のポープ夫妻は、マサチューセッツ大学の軍事研究所を爆破する。そこでナパーム弾が作られていたからだ。
当時2歳だった息子のダニー(リバー・フェニックス)が17歳に成長する。だが転校する度に名前も髪の色も変える逃亡生活を強いられている。弟のハリーも同様である。
放射性廃棄物のフロリダでの投棄に反対する集会から出てきた両親を兄弟が待ちうける。家の周りをFBIが嗅ぎまわっているからだ。
新しい高校で、ダニーは音楽と家庭の授業を選択する。音楽のフィリップス先生から楽器を選択するよう言われ、ピアノをさらりと弾いてみせる。自宅で弾かせてやりたいとすぐに才能を見抜かれる。練習ボードで母親から手ほどきを受けていたからだ。
授業をサボって先生の自宅へ行きこっそりピアノを弾いていると、娘で同級生のローナ(マーサ・プリンプトン)が現れる。彼女はダニーの謎めいたところに魅かれる。
初めてのデートで海岸を一緒に歩き、彼女が美しい貝殻を見つける。
母親のバースディ・パーティで、ダニーは母親のために作曲したスコアをプレゼントする。招待したローナが貝殻のペンダントをプレゼントする。みんなでジェームス・テイラーの「ファイアー&レイン」を歌い踊る。
「家族と縁を切ることになる」
大学進学なんて考えられないダニーは、ローナに向って家族の秘密を告白する。そのまま彼女を抱く。
フィリップス先生の薦めで、ジュリアード音楽院の入学オーディションを受ける。モーツァルトのピアノ曲を情熱的に弾きこなし、才能を認められる。
それを知ったアニーは、14年ぶりに父親と再会する。母親ゆずりの才能を持ったダニーを預かってくれるよう頼み込む。
家族に危険が迫る。ローナに別れを言ったあと、ダニーは集合場所で待つ家族のもとへ自転車を飛ばす。進学に反対していた父親から自分の人生を歩め、と言われる。残ったダニーをひと回りしてトラックが去って行く。
涙にあふれたダニーの「旅立ちの時」だった。
  (注釈2)
挿入歌「ファイアー・アンド・レイン」(歌:ジェームス・テイラー)

生まれ育った故郷を失った人は少なくないはずだ。
図らずも故郷が高速道路の下敷になったり、水没したり、瓦礫の山になったりした人たちは、誠にお気の毒だと思う。
あるいは、運命の気まぐれにより、生まれ故郷を捨てざるを得なかった人たちもである。
それに比べれば、子供のころの僕を知る人たちが親族以外皆無だとしても、生まれ故郷に帰って来れたことは極めて運がいい方だ。
歳を重ねることは、煩悩をひとつひとつ取り除いていくことだと思っている。
新しい年を迎える度にひとつ取り除いたとして108年もかかる。ピッチを上げないと、とても悟りの境地に到達できない。
何かに執着することは煩悩のひとつだと思う。
今どき、「ふるさと」ソングのような生まれ故郷で暮している人は少ないと思う。また、運よく戻って来れても、昔の様相とは随分違っているはずだ。
その気になれば、故郷なんて何処にでもある。
求める気さえあれば、何処かに失われた故郷を見つけることができるかもしれない。

注釈1、「喜びも悲しみも幾歳月」(監督、脚本:木下恵介)
     日本映画 1957年製作

     メーカー:松竹ホームビデオ
     メディア:DVD
注釈2、「旅立ちの時」(監督:シドニー・ルメット)
     アメリカ映画 1988年製作 原題:Running on Empty

     メーカー:ワーナーホームビデオ
     メディア:DVD

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