甘く危険な受信器。

Richard Nixon, Time cover April 30, 1973,
Richard Nixon, Time cover April 30, 1973, “The Watergate Scandal” / cliff1066トレードマーク(TM)

甘く危険な受信器。
introducing 「[FOCUS]」「大統領の陰謀」「善き人のためのソナタ」
昔、四つ角に面した木造の安アパートに住んでいたことがある。僕の部屋から右手道向こうにテニスコートがあり、斜め向こうにタクシー会社があり、正面道向こうと後ろ隣りにそれぞれ古びた木造の一軒屋があった。
そして左隣りに鉄筋コンクリート造りのラブ・ホテルがあった。
ラブ・ホテルのそばに住んだことのある人なら覚えがあると思うが、瞬間的にエクスタシーの声が耳に入ってくる。「アメリ」なら15組の恋人たちを感じ取れるが、一組分ごくたまに聞こえる。
ところがある晩、つんざくような喘ぎ声が継続的に響いてきた。流しの小窓を全開にした僕は、耳をダンボにして続きを聴いた。
耳をダンボにすることにかけては、ユーミンの右に出る人はいない。
彼女が書く歌詞は、変装して入った喫茶店で聞こえてくる、恋人たちや女の子たちのたわいない会話からヒントを得るらしい。
今でもやっていますか?
ハイホー、マンハッタン坂本です。


近所のおばさんが自分のことを変質者だと言っている。
髪をポニーテールし縁なし眼鏡をかけた金村(浅野忠信)は、TVの取材インタビューでそんな告白をする。彼は携帯を2台、部屋と車に1台ずつ無線機を持っている。
高校のとき、警察無線の傍受をやったのがやみつきとなり、フリーターをしながら受信器から聞こえてくる見知らぬ人の会話を楽しんでいる。
女子大生の部屋に仕掛けられた盗聴器の話に反応したディレクターの岩井(白井晃)は、彼の部屋で取材させてくれないかと頼み込む。だが金村は拒否する。顔にモザイクをかけてくれるか信用できないからだ。
岩井は、仕方なく金村が運転する車に乗り盗聴の取材を続ける。
ヤクザ同士の会話が聞こえてくる。新宿駅西口の電話ボックスにコインロッカーのキーを隠したので、ロッカーの中のチャカを回収するよう指示している。
ヤバいスよ、やらせだと思われますよ、と反対する金村に対し、岩井は強引に西口へ向かわせる。
コインロッカーの中から赤い箱を回収した岩井は、車に戻り箱の中の拳銃を確認する。金村にリアクションを強要する。信じられませんねえ、と言った3度目のテイクでOKを出す。拳銃を持ってコメントしてくれと頼むと必死で抵抗され、感情的になる。
通りがかりの若者たちが車の前に立ちふさがる。
ついに金村が切れる。外に出てもみ合ううちに拳銃をぶっ放す。一人倒れる。
「なんで俺がこんな目に合うんだよ。全部おめえらのせいだ!」
わめき散らしながら車を運転し、アパートに戻る。
拳銃を持った金村は、岩井にADの女をレイプさせ、それをカメラマンに撮影させる。口封じのためだ。若者の死亡で、殺人事件に切り替わったことを警察無線で知る。
車で逃走し、海岸まで来る。金村が美しい朝陽に見とれている隙に、拳銃を盗られ撃たれる。
   (注釈1)
1974年8月9日、共和党のリチャード・ニクソン大統領が任期半ばで辞任する。彼を追い込んだのは、民主党地方本部のあるウォーターゲート・ビル侵入事件が発端である。
不審なビニールテープを発見した警備員から通報を受け、警察が捕まえたのはスーツ姿の間抜けな5人組だった。部屋に仕掛けた盗聴器を再設置するため、彼らは無線機とカメラ2台を持ち込んでいた。
ワシントン・ポスト紙に入社して9ヶ月目のボブ・ウッドワード(ロバート・レッドフォード)は、5人組の罪状認否の取材を命じられる。窃盗犯ごときに自前の弁護士が来ていることを聞きつけ不審を抱く。犯人が所持した2冊の住所録に共通点があるという情報を得る。ホワイト・ハウスのハワード・ハント。チャールズ・コルソンと繋がりがあるらしい。
「敵の急所を握れば、心もこっちになびく」
大統領特別顧問であるコルソンの部屋にはそう書いた漫画が貼ってある、と政治部長(ジャック・ウォーデン)が教えてくれる。
ベテランのカール・バーンスタイン(ダスティン・ホフマン)と組んでハントの動向を追う。
5人組とコルソンとの繋がりを暴いた記事は、編集主幹のベン・ブラッドリー(ジェイスン・ロバーズ)から没にされる。
謎の情報提供者ディープ・スロートからヒントを得て、大統領再選委員会のメンバーをしらみつぶしに訪れる。だがことごとく門前払いを食らう。
共和党の選挙資金が浸入犯に流れたことを突き止め、やっとスクープにする。だが情報提供者がそろって口をつぐむ。非難の電話がワシントン・ポストに殺到する。FBIもCIAも司法省もみんなグルだったからだ。
二度としくじるな、とブラッドリーに叱咤され、二人は執拗に取材を続ける。
   (注釈2)

1984年、東ベルリン。尋問のプロであるゲルト・ヴィースラー大尉(ウルリッヒ・ミューエ)は、どんな状況でも感情を顔に出さない。相手が泣こうが叫ぼうが、理論に従い冷静に追い込む。そして密告させる。
出世を目論む国家保安省(シュタージ)のグルビッツ部長は、党中央委員会のメンバーであるヘムブフ大臣の命を受け、劇作家のゲオルク・ドライマンの調査をヴィースラーに依頼する。反体制の証拠をあげるためだ。大臣にしてみれば、ドライマンと同棲している看板女優のクリスタ・マリア・ジーランド(マルティナ・ケデック)を独り占めしたいからだ。
盗聴受信器を含めた通信機材と監視カメラのモニターとタイプライターだけの殺風景な屋根裏部屋で、ヴィースラーはヘッドホンをしたまま交代要員が来るまで半日を過ごす。ドライマンとクリスタの濃厚なセックスも耳に入ってくる。冷静な彼も流石に身体がうずき、オフに娼婦を呼ぶ。
ドライマンの誕生パーティに演劇関係者が集まってくる。7年前から活動を禁じられている演出家のイェルスカがプレゼントに「善き人のためのソナタ」の楽譜を置いていく。やがて自殺する
ある日クリスタは、リムジンの中で大臣にセックスを強要される。
真相を知るヴィースラーは、彼女が車を出た瞬間に入口ドアのベルを鳴らしドライマンに知らせる。
別の日クリスタは、行かないでくれと言う彼を振り切って外に出る。ドライマンをイェルスカの二の舞にさせたくないからだ。
「自分を売らなくても、あなたには芸術がある」
いたたまれず近くのパブに入ったヴィースラーは、たまたま入ってきたクリスタに、ファンを装ってそう励ます。
その直後、彼女はドライマンのもとに引き返したと報告書に記される。
ドライマンが書いた告発記事が西側の雑誌に載る。
薬物不法購入で連行されたクリスタは、ヴィースラーから尋問を受ける。彼女は記事を書いたタイプライターの隠し場所をあっさり告白する。
ドライマンの家宅捜査の前に、ヴィースラーはタイプライターを処分する。それを知らないクリスタは、自責の念から車に飛び込む。
4年7ヵ月後、ベルリンの壁が崩壊する。ヴィースラーは地下労働から解放される。
真相を知ったドライマンは、「善き人のためのソナタ」と題した本を出版する。巻頭の献辞は、ヴィースラーのコード・ネームだった。
かつてウラジーミル・レーニンは言った――「『熱情』ソナタを真剣に聴いた者は、悪人になれない」
   (注釈3)

ルパード・マードック率いるニューズ・コーポレーション傘下のイギリス大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」が廃刊に追い込まれた。スクープのためなら手段を選ばない非情さが盗聴をやらせたと言っていい。
やった連中もやらせた連中も悪い。だが忘れてはいけない。彼らが書いた記事を金を出して買い求め、喜んで読んだ読者が彼らを養ったことだ。
そんな読者がいる限り、「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」もどきはこの世から消えない。イギリスに限ったことではない。
仕掛け人や読者に対して、恥知らず!と叫んだところで、羞恥心のない彼らに通じないのが悲しい。
注釈1、「〔Focus〕」(監督:井坂聡)
      日本映画 1996年製作
      ベルリン国際映画祭ベルリン新聞記者賞、NETPAC賞受賞

      メーカー:パイオニアLDC
      メディア:DVD
注釈2、「大統領の陰謀」(監督:アラン・J・パクラ)
     アメリカ映画 1976年製作 原題:All The Presidennt’s Men
     米アカデミー賞助演男優賞(ジェースン・ロバーズ)、脚色賞、美術賞、録音賞受賞

     メーカー:ワーナー・ホーム・ビデオ
     メディア:Blu-Ray
注釈3、「善き人のためのソナタ」(監督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク)
     ドイツ映画 2006年製作 英題:The Lives Of Others
     ドイツ映画賞作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、助演男優賞、美術賞、撮影賞受賞
     米アカデミー賞外国語映画賞受賞
     英アカデミー賞外国語映画賞受賞
     セザール賞外国語映画賞受賞

     メーカー:ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント
     メディア:Blu-ray

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