ファッションはすたれても、スタイルは残る。

“non mi pento di nulla nella mia vita, eccetto quello che non ho fatto” / *Bettina*
ファッションはすたれても、スタイルは残る。
introducing 「ココ・シャネル」「プレタポルテ」
「プラダを着た悪魔」には、ヴォーグ誌のアナ・ウィンターとおぼしき鬼編集長が出てくる。彼女を演じたメリル・ストリープは、流行とは無縁だと思っているアシスタントのアン・ハサウェイに向かって世界的な流行色のことを言う――「そもそもここにいる私たちが選んだのよ」
ハッタリではない。一握りのトレンド・セッターによって、数年先の流行色が決まるという。もちろん世界の情勢を慎重に吟味し、数年先の趨勢(トレンド)を想定した上で決定するのだ。
“シャネルのファッション”と言われるのを嫌ったガブリエル・ココ・シャネルは、ファッションを一過性の流行(トレンド)として扱われることに抵抗を感じていたにちがいない。
そこで彼女は、「シャネルは何をさておき、1つのスタイル」と強調した上で、こう言った――「ファッションはすたれても、スタイルは残るものよ」
ハイホー、マンハッタン坂本です。
“Suddenly I See” SONG from「プラダを着た悪魔」
1954年、亡命生活から戻った70歳の「ココ・シャネル」(シャーリー・マクレーン)は、パリのリッツ・ホテルに居を構え、戦後初のショーを開く。
だが、過去の遺物だと酷評される。
カクテル・パーティへ出かけると言う姪のドレスを見たココは、その醜悪さにゾッとする。
「人と違ってこそ、かけがえのない人になれるの」
「女は体のラインに合ったドレスを着なきゃ」
「昼は毛虫、夜は蝶になるのがファッションよ」
そう言いながら、袖を引きちぎり、スカートのラインを変え、ホテルの白いカーテンを首に巻きつけてやる。そしてシャネルの5番をふりかける。
「香水の趣味が悪い女に未来はない」
「過去を繰り返すより、挑戦して失敗する方がマシ」と言ってココは、再びショーの準備を始める。ビジネス・パートナーであるマルク(マルコム・マクドウェル)の猛反対に合うが、説き伏せる。
2度目のショーは、大成功を収める。
以後、87歳で他界するまで不動の地位を維持する。
(注釈1)
1994年秋冬パリコレは、「プレタポルテ」協会のオリヴィエ会長殺人事件で幕が明ける。
オリヴィエ会長と愛人関係にあったデザイナーのシモーヌ・ローヴェンタル(アヌーク・エーメ)のアトリエには、次々と有名デザイナーがお悔やみに来る。
元「ヴォーグ」の編集長スリム・クライスラー(ローレン・バコール)も訪れる。彼女が連れて来たクリント・ラムロー(ライル・ラヴェット)は、何故かシモーヌ・ローのロゴが入ったカウボーイ・ブーツをプレゼントする。
クリスチャン・ラクロワ、クリスチャン・ディオール、イッセイ・ミヤケ、ジャン=ポール・ゴルチエ、ソニア・リキエル、次々とショーが開催される最中、忽然とシモーヌ・ローの服が消える。人気写真家のマイロ・オブラニガン(スティーブン・レイ)に撮影させるために持ち出されたのだ。
撮影現場の主役は、颯爽とスーパー・モデルが履いたブーツで、服は添えモノにすぎない。
やむを得ず会社をラムローに売ったのは経営危機を脱するためだ、とシモーヌの息子ジャック(ルパート・エヴェレット)が白状する。
どうしようもないシモーヌは、それを受け入れるしかない。
だが本番になってランウェイを練り歩いてきたのは、一糸まとわぬスーパー・モデルたちだった。観客は驚き沈黙する。音楽だけが静かに響いてくる。
ブーケを両手に抱え純白のベールをかぶった身重のモデルが登場し、やっと拍手がわき起こる。スタンディング・オーベーションとなる。
大きなロゴの入ったカーテンが上がると、モデルたちに囲まれたシモーヌが白い蘭を抱え大きく手を振る。大喝采となる。
それまでショーのレポート、デザイナーやファッションVIPへのインタビューを精力的にこなしてきた流行通信のキティ・ポッター(キム・ベイシンガー)は、呆れ果て言葉に窮する。そしてマイクをアシスタントのソフィー・ショワゼ(キアラ・マストロヤンニ)に譲る。
「バレンシャガはこう言って、1968年にメゾンを閉めました。“ドレスを着る種族は消えた”
シモーヌは全世界の女性にこう語りかけます。“一番大切なのは、何を着るかではなく、服をどう着るかだ”」
(注釈2)
思いつくままに、モノづくりに関する言葉を書いてみる。
僕が尊敬するデザイナー川久保玲はこう言っている。
「ジーンズ一本何百円なんてあり得ない。どこかの工程で誰かが泣いているかもしれないのに、安い服を着ていてもいいのか」
僕の大好きな蒼井優が演じた高級料亭の女将「おせん」はこう言っている。
「食い物屋が不精し始めたら、お仕舞いじゃないですか」
世界有数の映画監督、黒澤明はこう言っている。
「優れた脚本から優れた映画が生まれるとは限らない」
つまり、こういうことではないのか。
高級素材を使ったとしても、多くのスタッフが手間暇かけて地道に作っていかなければ、良い服はできない。デザイナーの才能だけでは十分ではない。
高級食材を使ったとしても、料理人たちが食材の良さを生かしつつ、手間暇かけて調理しなければ、美味しい料理はできない。シェフの創意工夫だけでは十分ではない。
優れた脚本を使ったとしても、限られた予算と時間内に最大限の成果を上げなければ、優れた作品はできない。映画監督の力量だけでは十分ではない。
結局のところ、手間暇を惜しんだら、優れたモノはできない。
当然のことながら出来上がった優れたモノは、流行に左右されないし、すたれることもない。スタイルと同じで。
それまでの常識を覆すスタイルを生み出したガブリエル・ココ・シャネルは、ファッション業界では「皆殺しの天使」と言われた。
彼女はこんな言葉も残している。
「自分に似合う色が、いちばんいい色なのよ」
「ファッションは、時代遅れを作るために作られる」
「ファッションは着るものではない。着るものを選ぶということは、自分の生き方を選ぶことだ」
追伸:ココ・シャネルが亡くなった1971年に生まれ、先日結婚報道された川原亜矢子は、「プレタポルテ」の中のイッセイ・ミヤケのショーで、数秒間スーパーモデルとして出演している。
注釈1、「ココ・シャネル」(監督:クリスチャン・デュゲイ)
アメリカ・フランス・イタリアTV映画 2008年製作 原題:Coco Shanel

メーカー:東北新社
メディア:DVD
注釈2、「プレタポルテ」(監督:ロバート・アルトマン)
アメリカ映画 1994年製作 原題:Ready To Wear(Pret-a-Porter)

メーカー:ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント
メディア:DVD
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