もぐりの方が、居心地いいことだってある。
もぐりの方が、居心地いいことだってある。
introducing 「ディア・ドクター」「サイダーハウス・ルール」
桂枝雀版「地獄八景亡者戯」という落語の冒頭、サバにあたって冥土にやって来た辰っつぁんが田中のご隠居と出会う。
何故こんなところへと訊くと、かかりつけの医院が混んでいたので、仕方なく近くに住む医者から風邪の頓服薬を処方してもらったところ、この様だと返される。
あれは金箔付きのやぶの中のやぶ医者ですよ、と辰っつぁんはあきれ果てる。
(注釈1)
鉄腕アトムで育った僕が久々に愛読した手塚治虫の「ブラック・ジャック」は、もぐりの天才外科医で、法外な手術料を取って、ピノコと一緒に不可能な手術を成功させる。
ありえない話だが、医師の免許を持つ手塚らしい医療漫画の傑作だ。
ハイホー、マンハッタン坂本です。
「ディア・ドクター」は、「ゆれる」で高く評価された監督の西川美和が自分を揶揄する意味で、映画の着想を得たという。
彼女自身、マスコミが思っているほど才能にあふれているわけではなく、むしろ出し尽くして何も残っていない状態だったからだ。
1500の住民のうち半分が年寄りという山奥の神和田村に、スポーツカーで研修医の相馬(瑛太)がやって来る。だが診療所に到着する直前に田んぼに突っ込み、担ぎ込まれる。
「僕、免許ないのよ」
村で3年半医療に携わっている伊野(笑福亭鶴瓶)からいきなり車の運転を頼まれ、ベテラン看護師の大竹(余貴美子)と共に往診に駆り出される。
それからというもの、年寄りたちのヒーローである彼の心優しい診療ぶりを目の当たりにする。
気胸の急患が来る。応急処置の経験のない伊野は、大竹のめくばせで乗り切り、専門医から絶賛される。それを見て感激した相馬が来年も一緒に働きたいと申し出るが、俺は偽者やと言い放つ。
そんな伊野も、亡き夫が残した落語のカセットを聴きながら一人暮らしをする鳥飼かづ子(八千草薫)の病状だけは気になる。彼女は三人の娘に世話をかけまいと躊躇していたが、伊野の説得でやっと診療所に来る。
本物の医者である末娘のりつ子(井川遥)が帰郷する。すぐに母親の病気に気づき、診療所を尋ねる。伊野は胃潰瘍だとごまかすが、白衣を捨てオートバイで村を立ち去る。
伊野の正体は医療機器の営業マンだった。
関係者の事情聴取をするうちに村の実態を知った刑事(松重豊)は、疑わなかった相馬に向かって言う――「伊野を本物に仕立てようとしてたのは、あんたらの方じゃないかよ」
娘の病院に入院したかづ子の前に現れたのは、お茶汲みをするマスク姿の伊野だった。
(注釈2)
セント・クラウス孤児院の院長であるドクター・ラーチ(マイケル・ケイン)は、正規の産婦人科医であり、同時に第二次世界大戦以前から違法だった堕胎手術を行う医者でもある。
「おやすみ。メインの王子、ニュー・イングランドの王」
望まれずにこの世に生を受けた孤児たちに向かって、彼は毎晩必ずそう言う。
そんな子供たちにとって一番の幸せは、孤児院を訪れた里親にもらわれることだ。だが年長のホーマー・ウェルズ(トビー・マグワイア)は、出産も堕胎もこなせるラーチ先生の助手として成長する。
軍人で恋人のウォリーと共に子供を堕ろしに来たキャンディ(シャーリーズ・セロン)と知り合い、彼は外の世界に出る決心をする。ウォリーの母親が経営するリンゴ園で雇ってもらい、季節労働者の黒人たちとサイダー(果汁)ハウスで寝泊りをする。ボスのローズも恋人が出征したキャンディも親切だ。
収穫が終わりローズたちの去ったあと、寂しがり屋のキャンディにつき合う関係が次第に恋仲となる。
その間、ラーチ先生はホーマーを自分の後釜に望むようになり、医療用具一式を送りつける。
一年後、再びローズたちが戻って来る。
彼の娘が妊娠しており、相手が父親であることを知ったホーマーは、自らの手で堕胎をせざるを得なくなる。娘は出て行き、ローズは自分たちのルールを破るしかないと自殺する。
おまけに、ウォリーが戦地で下半身不随となり、ラーチ先生がエーテル中毒で亡くなったという知らせがほとんど同時に来る。
労働や恋愛や悲劇を体験し、自分の進むべき道を悟ったホーマーは、再び孤児院に戻る。
彼は先生が偽造した医師免許証が飾られた部屋に腰を下ろす。
そして子供たちに向かって、ラーチ先生と同じように挨拶をする――「おやすみ。メインの王子、ニュー・イングランドの王」
(注釈3)
リチャード・ブローティガンの代表作に「愛のゆくえ」という小説がある。ブローティガンの小説の中で僕が最も好きな作品だ。
原題は「堕胎:ある歴史的ロマンス1966」という。風変わりな図書館員と「プレイボーイ」好みの肢体を持つヴァイダが同棲し、メキシコに堕胎を受けに行く話だ。
主人公は、ガルシア先生のことを堕胎の聖者だと信じている。
(注釈4)
僕自身、人の作った映画を偉そうに批評する資格はないと思っている。なぜなら、自分で映画を作ったことがないからだ。
電波に乗らないラジオドラマなら作ったことがある。撮影されないシナリオなら書いたことがある。
金と時間をかけて映画を作ることに比べれば、その映画を批評するなんて誰にでもできる。
少なくとも金を払って観た人にはその映画を批評するだけの資格はあると思ってる。
それでもあえて批評をしないのは、もぐりの方が、意外と居心地がいいからだ。
つまらない映画は批評せず無視し、気に入った映画だけを独断と偏見に満ちたネタバレ文で紹介する。そんな卑怯なやり方をするのは、もぐりの映画批評家以外にいない。
そしてそれは僕だ。
映画批評はもぐりでも、もぐりとしか言えないまずい酒は飲まない。
注釈1、「枝雀 落語大全第十集 地獄八景亡者戯」

メーカー: EMI MUSIC JAPAN
メディア: DVD
注釈2、「ディア・ドクター」(原作、監督、脚本:西川美和)
日本映画 2009年製作
日本アカデミー賞最優秀脚本賞、助演女優賞(余貴美子)受賞
キネマ旬報ベストテン第1位、主演男優賞、脚本賞受賞
八千草薫さんが聞いていたのは、十代目金原亭馬生の「親子酒」

メーカー: バンダイビジュアル
メディア: DVD
注釈3、「サイダーハウス・ルール」(監督:ラッセ・ハルストレム)
アメリカ映画 1999年製作 原題:The Cider House Rules
米アカデミー賞助演男優賞(マイケル・ケイン)受賞
原作:ジョン・アービング(米アカデミー賞脚色賞受賞)

メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
メディア: Blu-ray
注釈4、「愛のゆくえ」(著者:リチャード・ブローティガン)
出版:1971年

出版社: 早川書房
メディア: 文庫
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