記憶にないけど、好きです。

記憶喪失5.jpg                                                      PHOTO by ジェット・リョー
普通の恋愛ってできないの? PARTⅠ
記憶にないけど、好きです。
introducing 「花とアリス」「心の旅路」
「ぼくは今後、自分のことをこれっぽちでも人間が分るなどと考えるのは止めにしたんだ」
女子高生のジニーが同級生のセリーナの家の居間で待っていると、セリーナの兄の友人とおぼしき青年がやって来てそう言う。
どうしたの?と彼女が訊ねると、田舎から出てきた作家志望の男をアパートに引き取り、その男の身のまわりの世話をしてやり、ニューヨークじゅうの友人や芝居のプロデューサーにひとり残らず紹介した揚句、ぷいと男が出て行ったという。
   (注釈1)
僕自身、「善きサマリア人」を地で行くようなその青年の真似なんかできない。
だがいきなり女の子がやって来て、僕のアパートに1週間ほど泊めたことはある。
彼と大きく違うのは、飛行機の墜落現場みたいな部屋の中をきれいにかたづけてもらったことだ。
前者は、余計なお節介から始めた親切を裏切られても、相手に対して恩知らずだと言い張れない。
後者は、迷惑な押しかけから始めた親切を受けても、相手から恩を着せられる筋合いはない。
もし相手が異性で記憶喪失なら、いろんな恋愛に発展しそうで楽しい。
ハイホー、マンハッタン坂本です。


いつものように文庫本片手に「寿限無」の暗唱をしながら下校する宮本雅志(郭智博)がガレージのシャッターに頭をぶつけ転倒する。朦朧と身体を起こすと、見知らぬ女子が心配そうにのぞき込んでいる。
「君、だれ?」と訊くとおろおろする。ちゃんと寿限無のフルネームは言えたし、彼女が手塚高校・落語研究会の新入部員であることも思い出したのに、記憶喪失ですよ、と彼女に言われる。
「私はまだ先輩のことが好きかどうかよく分からないし、先輩は私のことが好きだったくせに忘れちゃうし。それがむなしい」
デートを繰り返すうちに荒井花(鈴木杏)からそうぼやかれ、君の夢を見たと宮本が言う。彼女が警察に連れて行かれる夢だ。
宮本は、病院で有栖川徹子(蒼井優)と偶然出会う。記憶にないが、花によるとアリスは自分の元カノらしい。
松葉杖をついた彼女に向って、僕たちつき合ってたよね、と訊ねると怪訝な顔をされる。慌てて誰かに電話をしたあと、初めてデートしたデリカテッセンに連れて行かれる。僕のこと何て呼んでたのと訊ねると、いきなり筆跡占いをされ、マーくんと呼ばれる。
「好きになったじゃん。あたしのこと嫌いになってさ」
デートをする度にときめきを覚えるアリスにそう言われても、花は自分のタイプではない。
縁日に倒れ、花屋敷に連れて行かれる。ソファに横たわった宮本は、花に向ってつぶやく――「半分しか記憶が戻らなかったらどうなるんだろう」
今カノと元カノと三人で海岸へピクニックに行く。好物だったと言うアリス特製おにぎりサンドを食べる。風でトランプが飛び散ったので、ハートのエース探しをする。見つけた人が命令できると言ったアリスが花に向かってマーくんと別れてと宣言する。二人が取っ組み合いの喧嘩を始める。
宮本は、アリスと洗足池でデートする。展望レストランでトコロテンを注文される。好きだったじゃんと言われ、全部ウソだったことに気づく。アレルギーのことを知らなかったのだ。
両手の人差し指で鼻を押さえ、アリスがひたすらあやまり続ける。別れ際に、ウオ・アイ・ニーと言って去って行く。
文化祭で涙ながらに花が告白する。君の悪行非道の数々を償ってもらう、と言って宮本は彼女を落語の高座へ送り出す。
観客はアリスひとりだけだった。
   (注釈2)

1920年11月14日、チャールズ・レイニアー(ロナルド・コールマン)がタクシーにはねられ、記憶を取り戻したのはリバプールだった。
アラスの戦場でドイツと戦っていたはずなのに、スーツを着ている。しかもそれから3年も経っており、戦争も終っている。
父親がいるランダム・ホールを訪ねると、亡くなったばかりだという。
遺産相続を相談するために親族が集まってくる。チャールズは、自分の家で一緒に昼食をしながら、所持品が金と見知らぬ家の鍵だけだったと言う。
作家志望だったが、兄をサポートするために会社に入る。
13年の歳月が流れ、チャールズは実業界のプリンスと言われるまでに会社を成長させる。イギリス中にいる社員やその家族を養うためだ。
彼には2年前から有能な秘書として働くマーガレット(グリア・ガースン)がいる。雑誌を見て応募してきた彼女は、夫と子供に先立たれている。
「私は2番目の存在。でも一生2番目では嫌だわ」
15歳のときにチャールズに一目惚れして以来、彼への愛を貫いてきたキティ(スーザン・ピーターズ)と婚約するが、教会で突然そう言われる。ぼんやり彼女を見たとき、見知らぬ女を見るような目つきだったらしい。
別れのキスに応じ、潔く彼女が立ち去る。
国会議員に立候補し、当選をバックアップしたのはマーガレットである。
チャールズは、ただの秘書と思えない彼女の献身さに感謝し、ビジネス・パートナーとして彼女に求婚する。
「残念だわ。あなたの愛も喜びも空白の過去に埋もれて」
3度目の結婚記念日にエメラルドのネックレスを贈ったとき、マーガレットが自分の目と同じ色の安物の首飾りをかざし、そんなことを言う。
まだ望みがあるような気がすると答えると、過去に誰かいた感じ?例えば私みたいなと意味深なことを言う。まさかとチャールズは否定する。いきなり旅に出ると彼女が言い出す。
ストライキが起こり、メルブリッジ工場まで赴き和解する。
第1次世界大戦が終結した日のように街が歓喜に包まれる。チャールズはパブで一杯やる。たばこ屋に寄る。初めてのはずなのに何故場所を知ってるんです?と部下から訊かれる。
濃い霧がたちこめてくる。甦った記憶を頼りに、チャールズは精神病院の門の前まで来る。霧の夜、ここから逃げ出したことを思い出す。
デボン郊外の一軒家の前まで来る。持っていた鍵を取り出し、鍵穴に差し込むとドアが開く。
スミシイ!と、背後からチャールズを呼ぶ女の声が聞こえる。
振り返ると、ポーラが立っている。この5年間常に彼のそばにいて支えてくれたマーガレットではない。
空白の3年間を彼女と過ごしたジョン・スミスは、愛するポーラをひしと抱きしめる。
   (注釈3)

「真の寛大さとは、忘恩をも受け入れることである」
ココ・シャネルがそう言っている。
忘恩とは、恩知らずのことである。
僕のように、人から恩を受けることがあっても、恩を返すことがほどんどない者にとって、非常に都合のいい言葉だ。
ただ、こんな僕でも、偶然恩を施すことだってある。そんなときにはいち早く忘れるようにしている。
相手が憶えていても、記憶にないと言ってしまえばいい。
好きになったときの記憶より、相手を大切にし続けることの方が価値があるように思う。
注釈1、「対エスキモー戦争の前夜」in「ナイン・ストーリーズ」(著者:J・D・サリンジャー)
      初版:1953年

      出版社:新潮社
      メディア:文庫本
注釈2、「花とアリス」(監督:岩井俊二)
      日本映画 2004年製作 英題:Hana and Alice

      メーカー:アミューズ・ソフトエンタテインメント
      メディア:DVD

注釈3、「心の旅路」(監督:マービン・ルロイ)
      アメリカ映画 1942年製作 原題:Random Harvest
      原作:ジェームズ・ヒルトン

      メーカー:ワーナー・ホーム・ビデオ
      メディア:DVD

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