ゴッドハンドより、器用貧乏がいい。
自選パロディ集セカンド・シーズン おまけ
ゴッドハンドより、器用貧乏がいい。
introducing 「それでもボクはやってない」「スリ」
自慢するつもりはないが、僕は手に負えないくらい無器用だ。日本人離れしたと言っていい。とりわけ和食がいけない。食べる方もつくる方もからっきし苦手である。まともに箸(はし)は握れないし、まるで包丁が使えないからだ。
子供のころは、「手のひらがでかくて、上手く豆腐を口に運べないんだよ」とか言い訳していたが、大人になってから通用しなくなった。
心優しい友人はこう言って慰めてくれる。「高性能顕微鏡を使って心臓の冠動脈バイパス手術をやってのける外科医とか、超極細の筆を使って米粒に般若心経を書き込む工芸作家とか、リストの超絶技巧曲を弾きこなすピアニストなんか見てよ。そんな連中と比べれば、世の中無器用な人ばかりよ」
「ゴッドハンドの持主と比べてどうするんだよ」
「じゃあ、映画に詳しいんだから、何か特技があるでしょ?」
「確かに60年近く生きてきたからそれなりに詳しいよ。でも特技なんて言えるのは、『お熱いのがお好き』の台詞をぜんぶ暗記してて、英語でも日本語でもどっからでもしゃべれる技だよ」
「できないの?」
「ラストの台詞だけだな。『ノーボディー・イズ・パーフェクト』」
当然のことながら、この世に完璧なやつなんかいない。
従って僕の無器用さは、永遠に言い訳ができない。社員台帳とか履歴書に特技の欄があれば、「無器用」と書くしかないのだ。
ハイホー、マンハッタン坂本です。
「特技は、無器用」なんて洒落で書いたとしても、もちろん自慢のタネにならない。
同様に「特技は、見知らぬ若い女子の身体に触ることで~す」とか「趣味は、痴漢です」なんて喧伝するやつもいない。歴とした犯罪だからだ。
従って、250%の混雑状況にある通勤電車の中で、器用な手で女子中学生の臀部をパンツの上から触った、なんて表現はしない。
ところが痴漢冤罪事件で無実を証明するために裁判で戦う金子徹平(加瀬亮)の目の前で、しかも彼の知らない間に行われた行為は、まさしく手馴れた痴漢行為であった。
200万で保釈された彼は、主任弁護士(役所広司)の提案で、痴漢現場の再現ビデオを製作する。
まず徹平自身が右手を使って女子中学生の右臀部を触った場合を再現する。元カノが扮した女子中学生に捕まえられた手首を後ろに逃がそうとするが、彼のすぐ背後にあるドアに当たって彼女の手を振り払うことができない。法廷で被害者が証言した犯人の動きと明らかに違う。
左手は、リュックサックを抱えているので不可能である。
徹平の左隣りに位置する男が真犯人だと仮定して、彼の親友がその男に扮して女子中学生に触ったところ、証言通りの動きで逃げ切れることが判明する。
再現ビデオの上映と徹平の右隣りにいた若い女性の「痴漢はしていないと思います」証言にもかかわらず、彼は有罪判決を受ける。
判決理由をえんえんと読み上げる裁判長に向って、徹平は心の中で静かにつぶやく。
「この裁判で、本当に裁くことの出来る人間は、ボクしかいない」
そして断言する――「それでもボクはやってない」
(注釈1)
痴漢と同様にスリも犯罪行為である。
しかしながら、ときとしてスリは職人芸と言える熟練した腕前を披露する。
フランスで製作された手癖の悪い男の映画は、プロの魔術師によって演出された様々な手口をクローズアップで見ることができる。
「能力のある人間、社会に必要な人間は、凡々と生きないで法を犯すこともできる」
そんな理論を持つ若いミシェル(マルタン・ラサール)は、ドキドキしながらもロンシャン競馬場で「スリ」を働く。だが外へ出た途端に警察に捕まる。証拠不十分で釈放されるが、以後目をつけられる。
ミシェルは、新聞を二つ折りする間に上着の内ポケットから財布を抜き取り、四つ折りする間に新聞の中に挟み込む手口を修得し、実行に移す。
パリの地下鉄で路線を変えながら犯行を続ける。バレて本人に返すこともある。所詮アマチュアが一人でやれる仕事ではない。
プロから誘われ、優雅な連携テクニックを伝授される。
銀行から出て来た紳士を狙う。男が停めたタクシーに相棒が強引に乗り込もうとして後ろ手で男の内ポケットから財布を抜き取り、タクシーから身を離した直後にミシェルに手渡す。
3人組になってからは、持ち主の元を離れた財布やバッグが流れるように手から手へと渡り歩き、犯人たちのポケットに納まる。
だがある日、相棒がしょっ引かれる。
身の危険を感じたミシェルは、かねてから彼に心を寄せるジャンヌ(マリカ・グリーン)に会いにいく。
彼女は、病身の母が住んでいたアパートの隣室の美しい娘で、何かと母の面倒をみてくれ、母の危篤を知らせてくれたこともあった。友人のジャックと一緒にデートしたこともある。
だが勢いミラノ行きの列車に乗り、2年後にロンドンから戻ってくる。
ミシェルは、シングル・マザーとなったジャンヌと再会する。彼女たちの面倒をみるために真面目に働き出す。
再び競馬場でスリを働くが、あっさり捕まる。警察の罠にはまったからだ。
子供の高熱で刑務所に来れなかったと言うジャンヌの手紙を読み、胸の高鳴りを覚える。
面会室で目が合った途端、二人は鉄格子越しに頬を寄せ合う。
ミシェルは初めて、幸せをかみしめる――「君のもとへ行くのに、何と回り道をしたことか」
(注釈2)
繰り返すけれど、ボクは日本人離れした無器用な人間だ。
だからと言って、自分の無器用さを嘆いたり器用な連中に嫉妬することはあっても、器用な人たちを否定するつもりはない。ぶきっちょなやつだとバカにされるより、器用貧乏だなと笑われる方がいいからだ。
日本人の器用さは、町工場を覗けば一目瞭然だ。
ハイテクの隆盛でその数がめっきり少なくなったとは言え、日本にはスゴ腕の職人さんがまだまだ頑張っている。量産できない精巧な製品を手作業で作り続けている。世界のオンリーワン技術を駆使して地道に一つ一つ丁寧に作り続けている。
0.000005ミリの細さに仕上げるiPodの鏡面磨き、血管が浮きホクロも再現する人工乳房、世界一微細な手術針、誰でも一流料理店の味がだせる鋳物フライパン、などなど。
驚くべき創意工夫と熟練した技術が日本の製造業を底辺から支えている。
無器用に生まれついたボクなんか、ひたすら職人さんの前でひれふすだけだ。
ついでながら、千葉県流山市に従業員38名のアビーという町工場がある。そこで製造されているのは、CAS(セル・アライブ技術)フリーザーだ。
食材の細胞を限りなく生の状態で冷凍保存する装置で、例えば、1年前の生牡蠣を磯の風味満載で食べることを可能にした装置だ。現在最長で5年だが、10年保存も可能になるという。
その装置を応用して、ノーベル賞受賞で我然注目が集まっているiPS細胞の凍結・解凍も研究中だという。
コールドスリープも夢でなくなるかもしれない。
(注釈3)
注釈1、「それでもボクはやってない」(監督:周防正行)
日本映画 2007年製作 英題:I Just Didn′t Do It
キネマ旬報ベストテン第1位、作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞受賞
日本アカデミー賞:最優秀助演女優賞、美術賞、編集賞受賞

メーカー:東宝
メディア:DVD
注釈2、「スリ」(監督:ロベール・ブレッソン)
フランス映画 1959年製作 英題:Pickpocket
“新しい批評賞”最優秀フランス映画賞受賞

メーカー:紀伊國屋書店
メディア:DVD
注釈3、「日本の町工場」
初版:2012年

出版社:双葉社
メディア:ムック
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