僕は僕自身を演じたい。
福岡に住んでいた頃の僕・2009 (右奥は薬院六つ角)
僕は僕自身を演じたい。
introducing 「マルコヴィッチの穴」「コミック雑誌なんかいらない」
自分のことを簡潔に表現したい場合、
作家なら、できるだけ平易な言葉でエッセーを書けばいい。
漫画家なら、できるだけ少ない線で自画像を描けばいい。
俳優なら、できるだけぶれないカメラワークで撮影してもらえばいい。
たまたま拾った譜面をそのままコンテストに出し、その曲に歌詞をつけた歌が大ヒットし、甲子園の入場曲に採用されるだけでなく、日本を元気にする代表的な歌として多くの人に歌われ、印税をすべて被災地に寄付した場合、
作家なら、ありのまま文章に書くしかない。
漫画家なら、ありのまま絵に描くしかない。
俳優なら、盗作だと訴えてきた作曲者との泥沼の裁判向けに再現ビデオを製作するしかない。
でも僕なら、そんなビデオ製作なんて真っ平御免だ。
うだつの上がらないオヤジがせっかく世間の注目を浴びたのだから、自分で書いたシナリオをもとにイケメンに僕を演じさせるのはでなく、僕は僕自身を演じたい。
ハイホー、マンハッタン坂本です。
僕のもっとも好きなスタイルは、セルフ・パロディだ。
だが口惜しいことに、僕は顔や名前が知れた有名人ではないし、本来の僕を知る人が極端に少ないため、セルフ・パロディが成り立たない。
世間を賑わせた裁判の張本人であっても、その全貌をコメディ・タッチで演じるのが精一杯だ。
その点、有名人は羨ましい。本人役であれば何をやってもセルフ・パロディになる。端役出演であるカメオでもなく、ドキュメンタリーでもなく、堂々と主演を演じることができる。
ホテルの一室で台詞の練習に励むジョン・マルコヴィッチ(本人)のもとに、見知らぬ女から電話がかかってくる。声の主は大ファンだと言うが、迷惑だから電話しないでくれと彼は突き放す。すると「乳首が立っちゃった、今夜死ぬほど会いたい」と相手がたたみかけてくる。
何故だか分からないが、頭の中で「行け、行け、行け」と命令されたジョンは、指定されたベルナルドの店へ行く。女を待っているとファンから声をかけられ「二十日鼠と人間」で演じた知的障害者の役は素晴らしかったと褒められ、素直に礼を言う。
女(キャサリン・キーナー)がやって来、マキシンと名乗る。瞳の奥まで覗かれているようで、思わず君の声に引かれたと言うと、私ってほかの部分もスゴイのよと誘惑される。
午前4時過ぎに黒のドレスに身を包んだマキシンがホテルを訪れる。2分間カウチで待たされたあと、身体を押し倒され彼女が馬乗りになる。愛してるわ、ロッテと言われるが、構わず抱く。
2度目に会ったとき、頭の中で誰かに操られているような感覚に襲われる。
アイ・ラブ・NYのキャップをかぶりサングラスをかけてマキシンのあとをつける。MFビルの7・1/2階に並んだ列の最後尾の男に尋ねると、15分間ジョン・マルコヴィッチになれると言う。驚きオフィスに乱入すると、マキシンとパートナーのクレイグ(ジョン・キューザック)がいる。
二人が商売に使っているトンネルへ強引に入ると、レストランに出る。服装こそ違うが客もウェイターも歌手もすべて自分の顔である。喋る言葉はすべてマルコヴィッチ、メニューもすべてマルコヴィッチ、自分だらけのシュールな世界である。
トンネルをふさぐことを拒否したマキシンが再びホテルを訪れる。ジョンは入室を拒むが、彼女に揺さぶりをかけられる。クレイグの妻であるロッテ(キャメロン・ディアス)からの連絡で、すでに脳の中はクレイグに支配されているようだ。
愛するマキシンとベッドインしたジョンならぬクレイグが彼女のリクエストに答える。本職である人形使いの技を駆使し、ジョン・マルコヴィッチの身体でめくるめくダンス・パフォーマンスを披露する。
「人形より、もっと面白いわ。人間遊びよ」
8ヵ月後、しがない人形使いだったクレイグがジョンに成りすまし、俳優から転身し成功をおさめる。TV特番が製作され、人形パフォーマンスをショーン・ペン(本人)に絶賛される。
妊娠したマキシンが誘拐される。誘拐犯から脅迫され、やっとクレイグが出て行く。
だが取り戻した自由もつかの間、ジョンの中に十数人の老人たちが侵入してくる。
(注釈1)
東亜テレビのキナメリ(内田裕也)は、「恐縮です!」と言ってマイクを突きつけターゲットに突撃取材する芸能レポーターとして有名である。あの人ようやるわと言われるくらいがいいと言って、プロデューサーの横澤彪(本人)から高く評価されている。
熱愛が発覚した桃井かおり(本人)に無言でシカトされるが、プロダクションが何言ってきても俺が責任取るとプロデューサー(原田芳雄)から激励される。
局を出て繁華街を歩くと、女の子たちが群がってくる。レポーターが芸能人気取りでサインなんかするなと野次を飛ばされる。
行きつけのバーに入ると、人のふんどしで相撲をとるなと安岡力也(本人)にからまれる。桑名正博(本人)には、お前みたいな奴にロックが分ってたまるかと追い出される。
ロス疑惑の三浦和義(本人)が経営する店に乗り込むと、準備中の札を無視しアポイントメントもとらない、視聴者の代表みたいな面した奴は出て行け、と酒をかけられる。
石原真理子の玄関では、ドアが開いた途端アワ・スプレーをかけられる。
「セーラー服を脱がさないで」が大ヒット中のおニャン子クラブにインタビューもする。
神田正輝と結婚直前の松田聖子宅の電柱に登って盗聴しようとしたところを警察に見つかる。それが原因で石原プロから結婚式の取材を阻止され、もみ合いとなる。
お陰でワイドショーのレポーターを下ろされ、深夜番組の体験レポートをさせられる。様々なナイト・スポットの取材、ピンク映画のロケに参加する。ホスト・クラブでの体験接客では、ネクラはだめ、バカ陽気な方がいい、とベテラン・ホスト(片岡鶴太郎)から指南される。
だがウォーターゲート事件を追及したワシントン・ポスト紙の記者を尊敬するキナメリの血が騒ぐ。金の先物取引で業績を伸ばす金城商事のいかがわしい勧誘に目をつける。社会部も番組ディレクターも関心を示さないので、独自に被害者を取材する。
日航ジャンボ機墜落事件に気をとられている間に金城商事の悪事が明るみになる。永田会長の居所が判明し、マスコミ取材陣に加わる。
そこへヤクザ(ビートたけし)2人組が乗り込んでくる。多くのカメラが撮影する中、窓ガラスを割ってアパートに侵入し、永田を滅多刺しにする。
我慢しきれなくなったキナメリが止めに入るが、ボコボコにされる。茫然とドアの前に立ちつくしていると、取材陣に取り囲まれる。キナメリは同業者に向って叫ぶ。
「アイ・キャン・スピーク・ファッキング・ジャパニーズ」
(注釈2)
言うまでもなく、キナメリは30年以上も芸能リポーターとして活躍した梨元勝氏がモデルである。
新興宗教の教祖でもなれば恵比須様のような風貌の彼だが、2010年8月に65歳で亡くなった。
惜しむらくは、梨元勝の決め台詞である「恐縮です!」をイカツい内田裕也が連呼したところで、ロック・シンガーである彼のイメージは払拭できない。おまけに、妙に生真面目な彼独特の反骨精神が思わずラストに出てしまう。
セルフ・パロディの好きな僕が監督なら、当然のことながら梨元勝氏を主演に迎え、徹底したコメディにする。80年代に限らず21世紀に入っても、クレイジーとしか思えない日本社会とそれを報道するマスコミを笑い飛ばすしか方法がないからだ。
ラストの台詞は、恵比寿顔で――「恐縮です!」
2012年、「コミック雑誌なんかいらない!」にカメオ出演した安岡力也氏が4月、桑名正博氏が10月に相ついで亡くなられた。ご冥福をお祈りします。
注釈1、「マルコヴィッチの穴」(監督:スパイク・ジョーンズ)
アメリカ映画 1999年製作 原題:Being John Malkovich
ヴェネチア国際映画祭国際批評家連盟賞受賞

メーカー:ジェネオン・ユニバーサル
メディア:Blu-ray
注釈2、「コミック雑誌なんかいらない!」(監督:滝田洋二郎)
日本映画 1985年製作 英題:No More Comics
報知映画賞作品賞受賞

メーカー:ハピネット
メディア:DVD
コメント ( 1 )
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懐かしい写真が出てきましたなぁ・・・(笑)。
「マルコヴィッチの穴」は未だに大好きな映画ですよ。
アイディア先行って感じはするけど(笑)。